どうして農家は飛び地で田畑を持っているのか?

2009.04.17 00:44|山奥での日々
さて、今回は、「農地復元不能の森林・原野化???」の続きです。

日本の農地が耕作放棄され、原野化・森林化した原因の一つに、山間の農地が採算性を確保するのが難しい条件があると指摘しました。

そして、これをさらに困難にしているのが、各農家が飛び地で農地を保有しているということです。

我が奥の家の農地もそうですが、とりわけ山間の農家は、一箇所にまとまって田畑を所有していません。

自宅の周囲にはまとまった農地があるのですが、その中にも、ポツンポツンと他人の農地が混ざっていることが殆どです。

これ、今になってみると、すごく使いづらいです、実際。

自分の農地に機械を入れようとして農道を造成しようとしても、他人の土地を通らないとどうにもならないケースが結構ありますし、境界線や水利権や日照権などがあるので、乗り越えないといけない障害が結構あります。

ちなみに、これらの境界線を侵すと、後でとんでもないトラブルが起こります。

つまり、ただでさえ狭く入り込んでいる田畑なのに、その所有者がまばらであるのです。

しかも、過疎高齢化が進んで、土地の権利者が死亡して、所有者が所在不明の場合も多いですしね。

まあ、それはさておき、どうしてこんな不便な農地の所有状態が起こったのでしょう?

これには、ちゃんと理由があります。

嘗ての山間農業は、集落単位での共同作業で農業を営んでいました。

その時、山間の農地の場合は、上流から下流(逆もあるのかな?)にかけて、順々に田んぼの作業をしていました。

代掻きにしても、田植えにしても、収穫にしても・・・・

まあ、ともかく各農家が自分の農地だけをやるのではなく、お互いに手伝いながら、その集落の田んぼでお米を作っていたわけです。

こういう場合、各農家の田んぼが一箇所にあるメリットは殆どなく、むしろ分散している方が水利権などでトラブルが少なくなります。

それから、上流から下流に田んぼが分散していることで、干ばつや災害や害虫被害など・・・様々な天災のリスク分散をすることが出来ます。

下流の田んぼが水害で流されても、上流が無事ならば、どこかの農家だけが収穫ゼロにはならない、と言うような感じで・・・・

そう、山間の農家が飛び地で田畑を所有しているのは、リスクヘッジのためなんですよね。

う~~~ん、見事な知恵ですね。

ですので、嘗ての農地の所有関係の話を聞くと、あそことここの田んぼを交換した・・という話をよく聞きます。

嘗ての農業の形態だと、一箇所にまとまって農地を所有しているよりも、適度に分散している方が都合が良かったので、敢えて農地を交換して、分散を促進さえしていたのです。

機械を使わない農業ならば、田畑の大小や形態はあまり重要な要素にはならないですからね。

と、まあ、こんな感じで農地の権利関係が複雑化したのですが、現代になって、農業の機械化、過疎高齢化が進行して、今度は、これがとても使いづらい要因となってしまったのです。

そして、一度こういう農地が原野化・森林化してしまうと、その権利関係の複雑さもあって、ほぼ手の付けようが無くなってしまうのです。


                       ・・・・・・・・・・今日の徒然でした。


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1999年7月5日に四国に上陸しました。
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そんな時、リトルカブに乗って、四国に移住の地を求めて彷徨う旅を始めました。

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