ハーバード白熱教室を観ました。

2011.01.04 00:40|日常
いや~~ようやっと、机の前に座れました。

怒涛の正月三が日でした。

もう朝から晩まで、食事をする暇がありませんでした、まじで・・・泣

大晦日から元旦にかけての大雪の影響が大きかったのですが、大雪で延期になっていた奥さんの帰省が無事に2日に出発したというのもあります。

普段二人でやっていることを一人でやるので、そりゃ仕事も増えます。

で、本日は絶対に休むことが出来ない卵の個人宅配の日でして、あちらこちらを彷徨っていました。

1年に1度ぐらいのことですので、配達先を覚えるのが結構大変です。

まあ、土地勘のある宇和島が中心なので、だいたい一度行けば大丈夫なのですが、それでも、気を使いますのでね。

道を覚えるのは、何気に得意です(笑)。

若い頃、新聞配達をしていたのがよかったのかな?

新聞配達の時に稼いだお金が移住資金の一部になったりしたのですが、この新聞配達の仕事は、自転車旅行をするために、何度か中断したりしたしていました。

当然ですが、その度に担当地区が替わり、それを覚えないといけなかったのですが、何度か繰り返すうちに、覚えることも慣れて、すぐにだいたい1度回れば覚えられるようになり、指導してくれる人も、1回だけ一緒に周回して、あとはよろしく・・・という感じで、放っておかれていました(汗)。

そんな経験もあり、あまり配達先を覚えるのは苦ではありません。

奥さんも、初めて一緒に回った時、絶対に1回では覚えられないと思う・・・と言っていましたが、後の方は無言でした(笑)。

おっと、どうでもいいことを・・・

配達をすると言うことは、卵の梱包などをしないといけないのですが、2日は、これが夜中の3時半までかかってしまいました。

まあ、始めたのが12時ぐらいだったのですが、その間、テレビなどを付けながらしていました。

ちょうどよく、NHK教育で、『ハーバード白熱教室』というのをやっていましたので、思わず見ながら、いや、聞きながら仕事をしていました。

なかなか面白かったです。

日本の大学では、そうそうお目にかかれない講義ですね。

サンデル教授みたいなタイプは、日本の大学で見出すことは極めて難しいでしょう。

賛意を表したり、それを目指したりする人はいるでしょうがね。

サンデル教授の講義の進め方を見ていると、パネルディスカッションのコーディネーターのような役割に徹していることが分かります。

ここでのパネラーの役割は、受講者の中の発言者ですが、すごく上手く意見を引き出しながら、それに方向性をつけている。

パネラーはそんなに難しくありませんが、コーディネーターはすごく力量を問われます。

就活応援イベントでパネラーをやります。

日本の大学の教授さん、このコーディネーターをやっているのを見ると、う~~ん???となってしまうことが多いです。

パネラーから意見を引き出すのではなく、自分の見解を披露することに終始してしまうケースがすごく多いです。

すべてがすべてという訳ではもちろんありませんし、そんなに沢山出ているわけではないので不十分な感覚ですが、日本の今の教育の問題がここら辺から垣間見えるような気がしてなりません。

以前、こんな記事を書きました。

教育は、「教える」と「育む」から出来ています。

そう、教育というのは、「教える」と「育む」から出来ているのですが、この「育む」がとても欠けているんですね。

日本の学校は、基本的なスタンスとして、「教え込む」という感じです。

先生は教科書と言うお手本を教える・・・という感じで、お手本を真似ることの割合がすごく大きいです。

もちろん、こういうことも必要なのですが、これだけに偏ると、育まれることがない。

サンデル教授がしているのは、無秩序に発言をさせているのではなく、一つの課題に対して、一つの叩き台となる意見を述べ、その対立軸となる意見を求め、その対立の中から、その相違が何処から来るのか?・・・より根源的な問題へとどんどん思索を深めて行くように誘導しています。

これ、哲学的に言えば、弁証法そのものですね。

すごい簡略されて、正・反・合とか言われることもありますが、対立軸を求めながら、二つの対立軸の根源へと高めていく、止揚(しよう、独: aufheben、アウフヘーベン)するというやつですね。

これが正しい、だから、これを教える・・・こういうスタンスだと、思考能力は育ちません。

考えるのではなく、信じる力は育ちますがね。

例えば、宗教は、神の教え、教典、教祖・・・絶対的なお手本となる存在があり、それを信じ、理解することが目指されます。

宗教は、○○教と言われるように、まさに教え込むことなのです。

この教典という正論に対して、対立軸となる反論は、許されないのです。

日本の大学も、基本的にこういうスタンスで占められています。

教授は、まさに教え授けることはしても、自論に対することは許しません。

もしそんなことをすれば、アカデミックの世界からは離れざるを得なくなります。

日本の大学の草創期は、こうではありませんでしたが、どんどん派閥化というなの教団化が進んでいて、思考を育てるよりも、教祖と化した歴代教授の教えをより深めて行く・・・これが主流です。

この大きな流れの範囲内で、独自性を出そうとはしていますが・・・

おっと脱線、脱線です。

サンデル教授は、受講者に意見を聞きながら、それを嘗ての哲学者の思索と重ね合わせて行きます。

そう、我々が自分で考えたと思い込んでいる意見は、嘗て誰かが考え抜き、通り過ぎ去られた道であったりするんですね。

受講者の意見を引き出しながら、哲学者たちの知の痕跡への好奇心を惹きだしていく・・・これは魅力的です。

日本の哲学科は、実社会に役に立たないことをやっている・・と卑下されて言われることが多いですが、本来はそうではないと思っています。

問題を立て探求したり、交渉したり意見を交わしたりする考える力というのは、まさに哲学的思索の中で育まれます。

これを卑下している限り、言語力はどんどん落ちていくことでしょう。

言語力が衰えている・・・

与えられる問いではなく、自分で問いを立て、思索して行く・・・これが哲学です。

・・・・・・・・今日の徒然でした。


奥の家の嫁日記



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家主:奥の家♂
1999年7月5日に四国に上陸しました。
巷では、ノストラダムスの大予言で恐怖の大王だの、終末がどうのこうの・・・と話題になっていた、あの月です。
そんな時、リトルカブに乗って、四国に移住の地を求めて彷徨う旅を始めました。

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