管前首相は本当にリーダー失格ですね

2011.09.08 10:15|政治
野田政権が発足して、当然のごとく、管さんには、前首相という肩書きがついたわけですが、この方、本当にリーダーとして失格だったようです。

たまたま、テレビインタビューを見ましたが、呆れました。



そもそも、まだ事故対応が継続中で、当事者がまだまだ事故に対応しなければならない時に、自分はもう辞めたから・・と、ペラペラとしゃべりますかね。

しかも、そのすべてが自己弁護・・・・

自己弁護をしたいのならば、自分が非難する東京電力の関係者にも同じような発言機会を設けて、公平を期するべきでしょう。

相手は、職務上の守秘義務が問われて言えない事情もあるでしょうに、一方的に(元)最高責任者がペラペラしゃべる・・・・これは、本当に怒りを通り越して、白けるでしょう。

というか、この人の話を聞いていて、本当に恐怖しました。

原発事故という一瞬一瞬の判断が問われる危急の事態の場合、現場から離れた責任者は、現場の判断を信じ、自分はその責任を取るという覚悟だけ示すしかありません。

現場に対して、遠く離れた自分に逐次報告し、自分が設置した専門機関で検討し、その判断に従って行動せよ・・・・

どう考えても、何も分かっていない。

そもそも、官邸には東電の担当者もいたのに・・・と言っていますが、東電の担当者にしても、現場にいるわけでもなく、現場責任者ではないのです。

管前首相は、現場から現場責任者、現場責任者から東電の最高責任者、さらに官邸詰め担当者、さらに自分へ・・・かなり簡略しましたが、こういうスタンスで情報を即時に上げて、それで自分が判断して、それを即時現場で実行せよ、こう言っているのも同じです。

こんな伝言ゲームみたいなことをしていたら、危急の事態に対応できるわけがありません。

そして、自分以外の無能な対応で、自分には十分な情報が入ってこず、だから、自分には責任は無いんだ・・・こう暗に言っているわけです。

本当に、背筋が凍りつきました。

ちなみに、東電の社長も、現場責任者ではありません。

福島第一原発に居て陣頭指揮を執っていたわけではないのですから・・・・

そして、この社長もリーダー失格だったようです。

枝野前長官「東電社長、全面撤退申し出た」

福島原発
 枝野幸男前官房長官は7日、読売新聞のインタビューで、東京電力福島第一原子力発電所事故後の3月15日未明、東電の清水正孝社長(当時)と電話で話した際、作業員を同原発から全面撤退させたい、との意向を伝えられたと語った。
 東電関係者は、これまで全面撤退の申し出を否定している。菅前首相や海江田万里前経済産業相は「東電が作業員の撤退を申し出てきた」と説明してきたが、枝野氏は今回、撤退問題に関する具体的な経過を初めて公にした。
 枝野氏は、清水氏の発言について「全面撤退のことだと(政府側の)全員が共有している。そういう言い方だった」と指摘した。
 枝野氏によると、清水氏はまず、海江田氏に撤退を申し出たが拒否され、枝野氏に電話したという。枝野氏らが同原発の吉田昌郎所長や経済産業省原子力安全・保安院など関係機関に見解を求めたところ、吉田氏は「まだ頑張れる」と述べるなど、いずれも撤退は不要との見方を示した。

(2011年9月8日08時36分 読売新聞)


枝野氏の話だと、東電社長も現場の声を聞いていなかったということでしょう。

枝野氏が現場責任者の吉田所長に見解を聞けたことから、確認を取ろうと思ったら、それが十分にできたということです。

吉田所長が「まだ頑張れる」という判断をしていたにもかかわらず、その現場の判断を尊重しようとせず、ただ責任逃れで全面撤退を考えた・・・こういうことでしょう。

そうそう、枝野氏が吉田所長に連絡が出来たということは、管前首相もできたということです。

やらなかっただけでしょう・・・・

管前首相にしても、東電の清水社長にしても、現場の声を聞かず、ただただ責任逃ればかりしょうとしていた・・・

背筋が凍ります。

ちなみに、枝野氏がこうも言っていますね。

前首相の東電乗り込み、危急存亡の理由が

福島原発
 読売新聞のインタビューで枝野幸男前官房長官は7日、東京電力福島第一原子力発電所事故後の3月15日未明、東電の清水正孝社長(当時)と電話で話した際、作業員を同原発から全面撤退させたい、との意向を伝えられたと語った。
 菅前首相はこの後、清水氏を首相官邸に呼んで問いただしたが、清水氏は今後の対応について明言しなかったという。
 このため、菅氏は直後に東電本店に乗り込み「撤退などあり得ない」と幹部らに迫った。
 枝野氏は菅氏の対応について「菅内閣への評価はいろいろあり得るが、あの瞬間はあの人が首相で良かった」と評価した。

(2011年9月8日09時14分 読売新聞)


「菅内閣への評価はいろいろあり得るが、あの瞬間はあの人が首相で良かった」・・・苦労したんですね。

まさに、毒をもって毒を制す・・・という作用で、全面撤退は避けられ、現場の判断が通ったということみたいです。

・・・・・・・・今日の徒然でした。


人気ブログランキングへ ← ここをクリックすると、10ポイントが加算され、このブログの人気ランキングがあがります。
   8位くらいに・・・応援よろしくお願いします。
リキとコテツ
 もしよろしけば、こちらも是非よろしくお願いします。

  FC2ブログランキング
関連記事
スポンサーサイト



| 2011.09 |
- - - - 1 2 3
4 5 6 7 8 9 10
11 12 13 14 15 16 17
18 19 20 21 22 23 24
25 26 27 28 29 30 -
お 仕 事

最 近 の 徒 然

ブログ内検索

カ テ ゴ リ ー

カ レ ン ダ ー

プルダウン 降順 昇順 年別

08月 | 2011年09月 | 10月
- - - - 1 2 3
4 5 6 7 8 9 10
11 12 13 14 15 16 17
18 19 20 21 22 23 24
25 26 27 28 29 30 -


リンク集

奥の家の絵日記
リンクフリーです。

石ころアートミュージアム

ツイッター

okunoyaをフォローしましょう


リンク

家 主 像

奥の家♂

家主:奥の家♂
1999年7月5日に四国に上陸しました。
巷では、ノストラダムスの大予言で恐怖の大王だの、終末がどうのこうの・・・と話題になっていた、あの月です。
そんな時、リトルカブに乗って、四国に移住の地を求めて彷徨う旅を始めました。

ランキング参加中!!

応援のお願いします!
人気ブログランキングへ 
こちらも是非、ポチッと!


もう一つおまけに!!

FC2ブログランキング


blogram投票ボタン


 


アクセスカウンター

滞在中:

R S S

RSS新着情報


Subscribe with livedoor Reader

時 計

QRコード

QR

最新の画像


P-Clip β版

タグクラウド

ページトップへ