「お金は信用を数値化したもの」・・・ですね。

2010.08.18 02:39|経済
ところで、ちょっと面白い記事がありました。

堀江貴文「なんで貯金するの?」

ホリエモンさん、なかなか面白いですね。

この中で、「お金は信用を数値化したもの」という定義がありますが、これは正鵠を射ていると思います。

お金という絶対的な価値があるのではなく、信用を数値化し、それを具現がしたものが貨幣ということでしょう。

お金で物を売り買いすることが当たり前になった社会では、お金そのものが固有の価値を有してあると勘違いしてしまいますが、お金というのは、あくまでも人が発明したものに過ぎません。

物流をする上で便利な道具として、お金という概念が創造されたわけです。

そう、紙幣というのは、言わば、借用証なのです。

そして、紙幣から数値化された信用という価値が無くなれば、単なる紙切れ・・・まあ、古紙としての再利用できるだけの価値は残るでしょうが、それだけです。

借用証を発行した相手に対する信用・・・紙幣の場合は、その国の政府(発行は中央銀行でも、その立場を保障しているのは政府)、いやいや、もっと正確に言えば、その国の国民に対する信用を具現化したものなのです。

これが分かると、バブル経済というものが何なのか、分かって来ます。

ホリエモンさんの言葉を借りれば・・・

例えば、お金を貸りた人の手元に1ゴールドがあるとしますよね。すると、貸した方の手元にゴールドはないけど、1ゴールドを貸した権利書がある。昔は権利書じゃなくて口約束だったかもしれないけど、その権利書に1ゴールドの価値があるとすると、お金は貸すことによって、実体は1ゴールドだけども、使用できる総量としては、2ゴールドになったと言えますよね。その権利書自体も他人に貸せるわけですから。

お金=信用ですから、信用を担保にして、さらに信用を積み増せば、理論上は信用は無限に拡大して行く事ができます。

そう、目に見える物質ではなく、目に見えない架空の信用なのですから・・・

ここのところ、経済アナリストなる人たちの中に、日銀が紙幣を刷って市場に供給しまくれば、デフレは克服され、日本経済は立ち直るみたいなことを主張している人がいます。

こういう主張は、実を言うと、ここら辺が分かっていない。

今のグローバル経済の中では、一国の政府の管轄下にある通貨で市場をコントロールすることは極めて難しいのです。

なぜなら、政府でなくても信用を創造することは出来るのですから・・・

そもそも、借用証は、やろうと思えば、誰でも発行できるわけで、人々に信用させることさえ出来れば、中央銀行でなくても、信用創造することはできるのです。

例えば、以前話題にしましたが、投資銀行が盛んに売りさばいたCDS(クレジット・デフォルト・スワップ)などは、そうでしょう。

金融工学を駆使して、債権の価値を見かけ上高くし、人々に信用させ、どんどん膨張させていったのです。

こういうことが無数に行われ、信用が信用を生み、すなわち、お金がお金を生み、どんどんバブルマネーが膨張して行ったのです。

紙幣の供給量を制御するだけでは、この膨張を止めることはできません。

もうちょっと、ホリエモンさんの言葉を引用すると・・

原理的にはお金って無限に大きくなりますよね。ぐるぐるぐるぐる回して、貸して貸して貸してってやったら無限に大きくなるはずですよね。際限なく大きくなると思いますよ。

ただ、ある日突然、「あ、こいつに貸したら危ないかもしれない。」「貸し過ぎだ」とか思って、「もうこいつには貸さない」という逆回転が始まる。借りる前提で投資をしていた人が、借りられなくなってしまうと、お金を返してもらえなくなると今度は急速に収縮していくわけです。これが先にも言ったバブル崩壊ですね。

お金は、そもそも貸し借りが始まった段階で実体からは乖離しているんですよ。乖離しているから便利になっているんですね。乖離しているから、いちいちものを買うのに、ゴールドを持って行かなくてもいいわけじゃないですか。今、銀行の口座のやりとりでできるようになっているわけじゃないですか。

その便利な反面、お金の総量っていうのは増えたり減ったりするし、バブルが起こったりバブルがはじけたりする。これは当たり前のことですよね。便利な面と危険な面が、お金の貸し借りが始まった段階から発生するんです。


電子マネー化が進んだ今の社会では、紙幣の意味はどんどん薄れて行っています。

今や紙製の株券は発行されていないそうですが、信用を数値化したものがお金であり、それを具現がしたものが紙幣であるならば、数値化された信用が具現化されること無く流通できれば、紙幣という形に囚われる必要は無く、単純に数字の増減だけやっていても、全く困らないということになるでしょう。

すべて電子認証による精算のみで出来るようになったら、紙幣が無くっても、何も困りません。

問題は、その数字に妥当な信用があるかどうか、これなのです。

この妥当な信用とは何か?

結局のところ、その数字(お金)で、物の売買が可能かどうか、これに尽きます。

もしその数字に見合った物が買えなければ、その数字は虚偽となり、それだけ信用がなくなります。

質が落ちてしまったので、それをカバーするのは量だけとなり、結果的に大きな数字が必要になる・・・いわば、インフレが起こるわけです。

その大きな数値を得る為に、それでもさらに信用の乱発をすれば、どんどん信用の質が落ちて行き、最終的には信用破綻することになります。

企業で言えば、たとえ1円でも手形の不渡りを出せば、一気に信用収縮が起こり、破産してしまうようなものです。

リーマンショックにしても、リーマンブラザーズ自体の取引量は小さくても、その破綻が世界経済全体の信用不安に繋がったことで、世界的な経済収縮を引き起こしたわけです。

時間切れ

・・・・・・・・今日の徒然でした。


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1999年7月5日に四国に上陸しました。
巷では、ノストラダムスの大予言で恐怖の大王だの、終末がどうのこうの・・・と話題になっていた、あの月です。
そんな時、リトルカブに乗って、四国に移住の地を求めて彷徨う旅を始めました。

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