田んぼの季節になると四万十川が濁る理由は・・(補足)

2008.03.28 22:48|四万十川のあれこれ
四万十川での日々徒然のサイトマップはこちらの記事になります。



前回の記事に対して、コメントをいただきました。

コメント欄でご返答しようかとも思ったのですが、ちょっと長くなりそうなので、記事で投稿します。

さて、具体的な地名で、広見川という名が出ましたが、この川は愛媛県側から流れ込む、四万十川最大の支流です。

別名、一番水質が悪い支流、と言われていて、実際私もそうだと思います。

夏に水量が減ると、とても清流とは言えないような水質になりますしね。まあ、本流でもそういうところはありますが・・・・

この広見川が一番泥水で濁り、江川崎で本流に合流するときは、明らかに本流の水と色が違います。というわけで、私は、四万十川としたけれども、そこで指しているのが広見川であると推測されたのだと思われますし、その通りです。

そして、ご指摘のように、藤の川川や目黒川は、この時期もそんなに際立って濁るようにも見えません。

さらに、作り手の考え方の違いという点に関しても、私自身も、ご指摘のような話を聞いたことがありますし、多分、そういうこともあるのでしょう。

ただ、私としては、このブログで、そのことに触れる気はありませんでした。というのも、このブログの方針として、人の行為を非難したり、是正させようとしたり、という啓蒙的な意見は掲載しないことにしているからです。

言葉足らずで、ひょっとして誤解されたかもしれませんが、ここでは、田んぼの区画整理が悪いとか、代掻きの仕方が悪いとかという善悪のことを言ったのではなく、地域に住む人間の目から見た四万十川の現状を紹介したかっただけなのです。

昔の棚田にしろ、今の大規模田にしろ、一長一短があり、どちらを選ぶかは、個々人の判断によるのであって、「こうすべき」という意見を表明する気はさらさらありません。私自身、何が正しくって何がいけないのか、よう判断できていないし・・・

私が言いたかったことをもう少し詳しく言うと・・・

区画整理が進んだことで、作り方を変えないと泥水が大量に入るようになってしまった、ということでしょうか。

代掻きのやり方ですが、区画整理する以前と以後で変わったとは考えづらいです。「苗代かきの時に水を田んぼに引き込み、苗代かきをしながら川に濁った水を直接落としている」としても、それは昔からの変わらないやり方だったのだと思います。そして、そのやり方をしていても、20年前までは、四万十川は「日本最後の清流」の名に恥じない透明度を有していたわけです。

ところが、その同じやり方を今そのまますると、川の流れの色を変えてしまうほどに濁らせてしまうのです。

これは、やはり区画整理が進み、田んぼの形態が変わったからだと思います。田んぼの形態が変わったけれど、代かきのやり方は変わっていないことで、結果的に大量の泥水が流れ込むことになったのでしょう。あるいは、田んぼの形態が変わったからこそ、田んぼの作り方を変えないと、泥水の過度の流入を防げない、ということでしょうか。

代掻きの季節に四万十川が濁るのは紛れもない現実ですが、その現実に対してどう対処すべきか、それとも対処などそもそも必要ないのか、それは、「こうすべき」という領域に踏み込むことになってしまいますので、このブログの範疇ではないなあ、と思ったわけです。

ただ、こうした類の原因は、得てして複合的なことが多いので、区画整理だけに起因しているとも思っていません。

たとえば、機械の大型化が進み、単品種の栽培になったことで、代掻きが一斉に行われるようになったのも原因と考えられそうですし・・・

他にも色々とありそうです。

とはいえ、主原因は、やはり区画整理にあるとは思いますが・・・

ただ、区画整理にしても、作業効率化の追求、過疎高齢化などなど・・・もっと深い原因がそこにはあると思っています。

大規模化せずに、現状の棚田のままだと、耕作放棄地が増えてしまい、それが農村の荒廃を加速させるのならば、それもそれで問題だろうし・・・

現場を見、様々な立場の人の意見を聞くと、問題の根の深さが思い知らされることが多いです。

このブログでは、「こうすべき」という意見を敢えて述べないのではなく、むしろ、述べられないと言うほうが正確なのです。

答えが分からないからこそ、現状を紹介し、さらなるご意見を聞かせてもらえたらな、と思っています。

・・・・

それから、藤の川川や目黒川などに比べて、広見川が際立って濁る原因ですが・・・

こうは考えられないでしょうか?

広見川は、四万十川最大の支流であり、その流れは他の支流に比して大きく、そして、その流れが抱える田んぼの量も格段に広いです。

しかも、地形が違います。目黒川や藤の川川は、急峻や山間を抜けてきますが、広見川はかなり平坦な地を長く抜けて来ます。

こうした条件の差が水質に与える影響を変えているのかもしれません。

本流でも、旧窪川町の辺りは、広大な畑(主に、ショウガ畑)が広がっていますが、ここら辺の水質は、その上流に比して、やはりかなり悪いです。家地川ダム(もとい、佐賀取水堰)で、大部分の水が抜かれてしまうので、その下流の方になると、また綺麗になりますが・・・

まあ、それはともかく、棚田であろうと大規模田であろうと、泥水が川に流れ込むことには変わりがないわけですが、この両者では、その量が違うわけです。つまり、何が流れ込むかは、農薬うんぬんの話は別として、泥水であることに変わりなく、その量が全然違うのです。

たとえ区画整理されようとも、その規模が小さければ、その影響も少なくなり、見た目は殆ど変わらなくなるのかもしれません。

流れが急であれば、泥水もすぐに透明度の高い水に混ざり、目立たなくなるのかもしれません。

ちょっと気になることがあります。

四万十川でカヌーをしていると分かりますが、その水面に、よく泡が浮いています。

最初は、洗剤の泡なのかなあ、と思っていたのですが、実はそうではないと聞いたことがあります。有機質を大量に含んだ泥水が川に流れ込み、それが夏に温度が上がったりすると、バクテリアなどが大量に発生して、それが出す泡だそうです。

冬場と夏場で四万十川の透明度が変わるのは、バクテリアなどの微生物が量の違いと聞いたことがあります。

さて、こうした泡は、広見川だけの話ではありません。本流でもやはり見られる現象です、量は少ないですが・・・・

病気に喩えて言いますと、目に見えて分かるくらいの症状は、得てして末期症状になっていることが多いわけですが、よくよく注意して検査しても発見できないような初期症状がその前段にあったわけです。

初期症状の段階では、一見すると、何も変化がないように見えますが、その流れは確実に末期に向かっているわけです。

藤の川川や目黒川などは、確かに目立って濁っているようには見えません。でも、それでもって、区画整理の影響がないという結論には、あまり賛成できません。影響がないのではなく、目に見えるほどの影響が出るほどの規模ではなかったという方が正確のような気がします。

蛇足ですが、ここ20年で鮎が激減したのも、原因は色々と言われていますが、泥水の大量の流入にも一因があると言われていますね。四万十川の川底に泥が溜まると、川底の岩にコケが生えず、そのコケを食べる鮎の餌がなくなってしまい、その結果、鮎の棲息環境が変わった、と・・・。

確かに、有機質が含まれた泥水は、栄養分を与えている側面はあると思うのですが、度が過ぎれば、逆効果になるということだと思います。

まあ、少量の摂取であれば、百薬の長と言われるお酒ですが、飲みすれば毒になってしまうようなものでしょうか・・・

何事も適量を守ることが大事ということなのだと思います。(これは意見かな???)

                                       ・・・・・・・・・・今日の徒然でした。


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四万十川写真館、今日の一枚。(画像をクリックすると、大きくなります。)

四万十川3.28

題名は、「広見川と山桜1」です。

そして、今日の奥の家的イラストは、「目がハートになりました。」です。

193ハート目

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家主:奥の家♂
1999年7月5日に四国に上陸しました。
巷では、ノストラダムスの大予言で恐怖の大王だの、終末がどうのこうの・・・と話題になっていた、あの月です。
そんな時、リトルカブに乗って、四国に移住の地を求めて彷徨う旅を始めました。

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